なかなか初級に上がれない(左)

右打ちの時は、仕事と掛け持ちだったけれど、途中で仕事をやめた。

だからこそ、自分の都合のいいときにテニスにこれたし、イベントやプライベートレッスン、ワンポイントレッスンも受けられた。通常のレッスンでは足りずにチケットを買ってまで、レッスンに出たこともあったし、週2回通ったこともあった。

その当時は、夫も定年前だったので経済的にも少しは余裕があった。

だからこそ、1年と8ヶ月あまりで初級に上がることができたのだろう。

左に転向したのは、今から2年前。

まだ右と掛け持ちをしていた頃。

生まれつき左利きだったのを、「食事」と「書くこと」に関しては「右」に矯正されたので、「食事」と「書くこと」だけを見ている人には、私は「右きき」として認識されていたのだろう。

もちろん、テニススクールに入るにあたって、「左」を使うことも可能だった。

けれどもあえて「右」を選択した。

ボーリングは左を使っているにも関わらずにだ。

なので最初は大変だった。

ラケットにボールを当てることはなんとかできるけれど、ラケット面が上を向いてしまうので、すべて天井(初心者クラスのコートはなぜか天井が低い)にあたってしまう。

天井に当たらなくなってからは、とにかく力が弱くて、ネットを超えることができない。

やっとこさネットを超えることができた時には、コーチがラケットを落として「できたね!」と一緒に喜んでくれたものだ。

他の人がバックハンドとかを教わっている中、私一人が、フォアハンドを重点的に教わっていた。

他のコーチに協力してもらって、打ち方をマスターした。

もちろんそのコーチについて、プライベートレッスンも受けた。

ワンポイントレッスンにも参加したし、自由参加の「団体戦」(イベント)にも参加した。

時間の自由が聞いたし、経済的にも余裕があったからこそ、初級まで上がれたのだと思う。コーチにも恵まれていたし。

ただ、初級に上がって2年余りがたっても、「初中級」に上がることはできなかった。

だからではないけれど、思い切って「左」へ転向することを決意した。

今まで通っていたスクールではなく、同じ系列のスクールに入会して「左打ち」として始めた。

半年ほど2校を掛け持ちして、最初(右打ち)から入っていたスクールをやめた。

これで完全に左だけを使う道を選んだことになる。

最初は、「右よりも早く初級に上がれるかな」と思っていたのだが、経済的な理由により、仕事を始めることになって、時間的な余裕もなくなり、気持ちの余裕もなくなって、なかなか上に上がることができなくなった。

もちろん、そこのスクールで「週2回」を選択することもできたのだけれど、そこは、「初級以上」でなければ「イベント」に参加できないシステムだったのと、「初心者のうちは、サーブ練習はほとんどできない」レッスン内容だった。

そこで、半年経過後右で入ったスクールに「復帰」することになった。

ただし、「左」として「再出発」という形をとったので、「初心者」からやり直すことになった。

また2つのスクールを掛け持ちすることになった。

それは今でも続いている。

なぜならば、最初に入ったスクールは、初心者でもサーブの練習をさせてくれるし、サーブから試合もさせてくれる。もちろん試合イベントにも参加資格がある。

だったら、そっちで週2回にすればと思うかもしれない。

そうしないのには訳がある。

コートがいいのだ。

天井が高く造られているので、よっぽどの初心者でもない限りは、天井に当たることはまずない。

私でも天井に当てたのは、数える程だ。

2回くらいかな?

あとは、若い子と練習するのに慣れていたので、元いたスクールに戻っても、すぐになれることができた。

ただ、後から入った人に追い越されて、今だに初心者クラスというのは、とても残念だ。

一度は、「やめよう」とおもったことさえある。

全く別のスクールに入り直して、上を目指そうかと。

それをしなかったのは、右から左に転向したことをわかってくれているコーチがいるから。

中には「逆手でやっているから大変だろうけれど」と勘違いしているコーチもいるのだが、あえて説明はしない。

聞かれた時には「もともと左利きなんです。書くことと食事だけ右にしているだけで、包丁だって左で使っていますよ」と言えば「それなら左でやれるよね」と言われる。

そこまで説明するのが面倒くさい時には「ナダル選手」の例を出して「右利きだったのをテニスを強くするために左に転向した」という話を利用して「ナダルの真似をしているんですよ、ナダルのファンなので」という。

「どうしてテニスを始めたの?」という質問には「錦織圭選手の活躍を見て、自分もテニスがしたくなった」と説明している。

仕事をしながらテニスを続けていくのは大変なのだけれど、テニスというスポーツが好きだし、少々お金と体力のいるスポーツではあるが、「健康のためにやっている」と言えば、周りも納得するのだ。

いい調子をできるだけキープして「もう初級にあげても大丈夫だ」とコーチに認めさせるのだ。

初心者のまま辞めるのは、なんだか悔しいから。

 

 

 

 

 

夜のクラスは若い子が多い

2つのスクールを掛け持ちしているが、夜のクラスは若い子が多い傾向にある。

私のようなおばさんは、もちろん初心者クラスにもいるけれど、夜ではなく昼間に来ている。

夜家を空けることが出来ないのだろう。

そういう意味では恵まれているような気がする。

夜の方が多いわけは、昼間に用事があるから。

で、そのために若い子と一緒にレッスンを受ける羽目になる。

もちろん、コーチだって私より若い。

中には親子ほど年の離れたコーチもいる。

コーチはともかくとして、若い子ばかりだと、ボレーボレーでペアを組んでも、きつい球を出してくるし、ストローク練習でも速い球をビシバシ打ち返してくる。

しかも狭い場所での練習なのに、ノーバウンドに近い感じで返さないとラリーが続けられない。

コートの反面を使っている時でも、隣でラリーをしているにも関わらず、こちらが届かないようなところに返してくるし、かなり速い球を返してくるので、追いつくのが大変だ。

練習試合をしようものなら、こちらが追いつけないことを見抜いているのか、わざと浅い球を返してくる。

これが本番の試合だったら、後ろが追いつけない場合は、前衛がフォローするのがお決まりだが、何と言っても初心者クラスなので、そこまでできている人はなかなかいない。

そこまでのフォローができる人は、すぐに上のクラスに上がってしまうので、フォローされないと分かれば、自分で走って取りに行くしかない。

最初から浅い球が来るとわかっていれば、ダッシュすることもできる。

テニスコートは広いようでいて、案外狭い。

私のように走るのが速くなくても、あらかじめ予測をしてダッシュすれば十分に追いつけるのだ。

ボレーボレーとかでやたら決めたがる人は、練習試合になると、容赦なく振り回して来る。

つまりクロスに来ると思って構えていると、ストレートに返したり、ストレートだなと思っているとクロスに返したり。

そんなことができるのならば、さっさと上のクラスに行って欲しい。

こっちだって早く上に上がりたいけれど、ウオーミングアップでは手抜きをしているのか、「これなら私の方がうまいわ」と勘違いしてしまうくらい手抜きをしている。

で、実際にボレーボレーとかストロークをやってみると、ビシバシ来るし、形式練習とか練習試合だと容赦なく打ち返して来るのだ。

まあ、体力を温存していると言えばそれまでだけど。

テニスってある意味、「駆け引き」も必要だから、まあそれに気づいているだけでも進歩したことになるのだろう。

メンタルも影響して来るので、「今日は調子悪いな」というときは、形式練習でもうまくできないし、練習試合も負けてしまう。

逆に「今日はなんだか調子がいいな」というときは、形式練習でもショットが決まるし、練習試合も勝つことができる。

「調子が悪い時には、調子がいいときのことを思い出してごらんなさい」以前担当していたコーチ(初級の時の)の言葉。

同じようなことを私が愛読している「ベイビーステップ」というコミックで、コーチが主人公に言っていたセリフだ。

若い子と同じように動くことはできないので、技術を磨くしかない。

もちろん、体力づくりをすることも必要だ。

わんこと一緒に走るしかない。

 

レノボもたまには使わないと

レノボもたまには使わないととは思っている。

ただ、無理やり「Windows10」にアップグレードしてしまったので、少々困っているのだ。

とはいえ、Windows8もサポート終了が迫っているから、アップグレード自体は間違っていなかったと思いたい。

レノボはタブレットだから、デスクトップ機よりは気軽に起動できるはずなのだが。

まあ、思い立ったが吉日ということもあるから、近いうちに起動させようかなと思っている。

パソコンに関してサポートを受けたことは一度もない

パソコンに関してサポートを受けたことは一度もない。

これはかなり自慢できることだと思う。

いつも自分で解決してきた。

時には書籍やネットなどを参考にして。

身近にパソコンに詳しい人間がいなかったので、自分で調べるしかなかった。

だから、パソコンインストラクターとして「スカウト」されたのだろう。

そこのスクールは「倒産」してしまったが。

経営破綻をしなければ、今でもインストラクターとして働いていたかもしれない。

給料の「未払い」が続いたので辞めたのだし。

「保険の外交員」「パソコンインストラクター」「事務員」「店員」などいろんな職種を経験してきたが、一番気に入っているのは、「パソコンインストラクター」なのだ。

「事務員」は、「土日祝日」が休みなので、今の私には選択できない職種だ。

「保険の外交員」は、時間の自由がきくが、「営業」(契約を取る)が必要なので、ちょっと難しいかなと。

「店員」は、一番簡単に就ける職種だが、上司や同僚に恵まれないと長続きしない。

「パソコンインストラクター」に就きたいと思っているのだが、「書類選考」で落ちてしまったので、どうしようもない。

実際に面接も受けてみたのだが、ダメだった。

面接時間はかなり長かったのだが、「不採用」になった。

過去に勤めていた職場を退職した理由をしつこく聞かれた。

まあ、「結果は一週間後に」と言われた時点で、「不採用」は決定的だったが。

実はその時にすでに採用が決まっていた職場があったので、あくまでも「複業」のつもりで応募したのだ

「後日連絡します」ならば期待できるが、「一週間後」と言われたら、ほぼ「不採用」と思った方がいいというのも、ある程度面接をこなして学んだことだ。

パソコンのサポートが受けられる体制が整ったのも、私がすでにパソコンの知識を身につけた後だった。

私にもできるサポートがあるはずなのだが、そういう職種になかなかつけないのが現実なのだ。

パソコンを使える人間などたくさんいる。

だから、ちょっとばかり知識があるからといって仕事があるわけではない。

まあ、旦那からはたまに相談をされることはあるのだけれど。

もっとアピールをしないといけないのかなとも思う。

どうやったらパソコンで、稼げる?

今更だけど、どうやったらパソコンで稼げるのか?

ただブログを書いているだけではダメだということはわかる。

在宅ワークの仕事をしたこともあるけれど、大抵は自分の興味の範囲外の仕事だった。

それをいかにも知っているふりをして文章を作らないといけない。

それは作業としてはかなり辛いものだった。

それでも多少の収入にはなった。

パートの給料には及ばなかったが。

だからそういう仕事は「内職」としてやるしかないんだと。

パートの給料プラスαという形なら、在宅ワークもありかなと。

アフィリエイトも自分が買ったことのある商品でないと、うまくお勧めできない。

ブログの記事をお金にするには、もっと色々な人に読んでもらうようにしないと。

個人日記レベルでは到底お金にはできない。

だから、パートに出ているのだ。

あくまでも「趣味」の範囲内で、ブログを書いたり、アフィリエイトをしたりするくらいがちょうどいいのかなと。

誰かが、私の文章をすごく気に入ってくれて、仕事が舞い込んでくれば話は別だけれど、そういう幸運はなかなか訪れないだろうなと思う。

それでもブログを書いているのは、もともと書くことが好きだから。

一時期は毎日「更新」していたのに、ここ数年は時々更新すればいい方になってしまった。

ブログを書くという作業が「億劫」になってしまったのだろう。

誰も読んでくれないのに、毎日書き続けるのはかなりの気力が必要だ。

気力がなくなってしまったので、更新ができなくなった。

「節電」という言葉がトレンドになったせいもある。

稼げもしないのに、毎日パソコンを使い続けるのは如何なものかと。

そんなことは気にせずに続ければよかったものを。

余計なことを考えすぎた結果、パソコンを毎日起動させることすらしなくなってしまった。

パソコンが嫌いになったわけではない。

なのに、起動することをためらってしまった。

仕事で使っていないという後ろめたさがあったのだろう。

かといって、パソコンを売ってしまうことはできなかった。

ノートパソコンは売っても、デスクトップパソコンを売ることはできなかった。

いつか堂々と使える日が来ることを期待していたからだと思う。

だから、これからも使い続けると思うし、いつかパソコンだけで生計を立てられる日が来ることを願っている。