ネットの便利さも、怖さも知っている

ネットの便利さも、怖さも知っている。

ネット歴が長くなってくると、便利さの反面、怖さもわかって(実感して)来るものだ。

なのに、世の中の事件を見ていると、見ず知らずの人間に簡単について行ってしまう。

どういうことなんだろう。

人間関係というものは、時間をかけて作り上げていくものなので、いくらネット越しにやり取りをしたとしても、本音の部分は実際に会ってみないとわからないものなのだ。

私は、ネットを介して知り合った人はいても、実際にあったことはない。

もともと知り合っている人で、ネットでもやり取りを始めた人ならいる。

「ユーガットメール」という映画にしても、ネットでのメールのやり取りと、同時進行で、実生活でもやり取りしているのだ。

それでも、メールの文面から読み取れる相手の気持ちと、実生活での相手とのやり取りには、最初はズレがあった。

だから、ネットと実生活とできれば同時進行で、人間関係を築いていくのがのぞましいのだ。

自動リボは解除、リボ残高一括払いを設定

自動リボにしてあったおかげで、えらいことになってしまった。

リボの残高を調べたところ、結構な額になっていたので、残高一括払いを設定しておいた。

もちろん自分の甲斐性(かいしょう)ではできないことだったので、親から借金をした。

「払ってやるから、仕事をやめなさい」と言われた。

向こうは「やった(与えた)」と考えているが、こちらとしては「借りた」と思っている。

たまったリボ払いを支払うためだけに働いていたわけではない。

働くこと自体が楽しかったから。

もちろん、仕事だから楽しいことばかりではないけれど、いろいろな人と出会えること、いろいろな意見に出合えることが自分にとって、プラスだと思っていたから。

時には自分の好きなものだって買いたいし、1年にほんの数回出会う娘に洋服などを買ってあげることだってできる。

もちろん、自分磨きにも使いたい。

親は、そういうこちらのいわば「前向きな気持ち(プラス思考)」が理解できていないのだ。

もちろん、カードを使いすぎてしまったことは、反省すべき点かもしれないが、親がいい年をした娘に手を貸すことではない。

自分の健康に自信がないから、娘をお金で支配しようとしているだけだ。

こっちが歩み寄る形で、今は長いお休みを取っている。

これに懲りて、二度とリボ払いには住まいと思った。

自動設定されたら、すぐに解除しておけばよかった。

解除するのが遅かったのだ。

 

iPadminiが恋しい

iPadminiがちょうどいい大きさだったような気がする。

iPhoneよりもちょっと大きめな感じが。

iPadproだとノートパソコンと大して変わらないから、自分からするとちょっと大きすぎな気がするのだ。

なぜiPadminiにしなかったのか?

iPadproを買ったときには、まだiPadminiが家にあったから。

iPadproを買った後で、iPadminiを売ったのだった。

iPadproがあるのに、iPadminiはいらないかと思っているので、中古ならば手に入るけれど買ってはいない。

それならむしろ、すでに販売を終了してしまった、iPodnano7を買うほうがいい。

経済的に余裕ができてから買っても遅くないのだし。